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リブショカ(図書館書架)β版

リブショカ(図書館書架)に関する情報発信

年末

この記事を読んで、考えるところがあった。

 

qiita.com

20数年前、この業界に入っての最初の関門がEmacsコンパイルであった。

当時使っていたメイン開発サーバは、Solaris1.X系だったが、Xのコンパイル

数時間、Emacsコンパイルでも数時間必要だった。makeして結果が出るまで、

タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりして時間をつぶしていた。当然、

その時にも、make logは見ていたたが、ただ止まらないことを祈っていた。

 

そんな時間が過ぎて、本格的にコードを書き始めるとEmacsとの付き合いは

親密になる。完全に使いこなしていたかはかなり怪しいが、Emacsがなければ

まったくコードを書く気にはなれなかった。小さな職場の小さな開発部隊には、

当時出始めた統合開発環境すら導入には至らずに、ひたすらEmacsでの

コード書きに専念した。現役中にStratusで3つのWebServiceをリリースして

いるが、すべてEmacsだけで開発した。これは、当時の職場が複数人で開発

できるほどの予算も規模も人員もなく、最小コストで必要な機能をすべて

そろえなければいけない環境にあったからというのが最大の理由である。

 

そのEmacsが存続の危機に立たされている。現在開発中のサービスも、当然、Emacsを使って開発中である。Serverを立ち上げたときも、最初に入れたパッケージだった。

Emacsは素晴らしい。凡人にはその素晴らしさが理解できないほど素晴らしい。そしてその開発にコミットしている開発者は、ある意味、別世界の人たちである。私のような平凡な開発者が近づけない存在。31年も続くツールをメンテナンスし続けている。

 

で、結局、休暇中にEmacsからAtomへ移行した。思い切って20年間使い続けていた開発環境を捨てた。それはおそらく、Emacsの本当の素晴らしさを理解できなかったからできたことであろう。

これからもEmacsは素晴らしさを増しつづけて平凡なSEを引き付けていくだろう。同じように、Emacsを使い続ける平凡なSEにはEmacsは手に負えない魔法のようなものだ。

 

Atomへと移行したのは機能的な要求に基づくものではない。Emacsでの開発で何の問題もなかった。Emacsの開発が停止するなど疑いもしていない。面白そうだからちょっと、触ってみようなというのが第一の理由。引退した自分に、そんな感覚が残っていることに少し自分でも驚いている。

 

結局、モノ作りは楽しいってことのようだ。それは平凡でも天才でも変わりないと信じたい。