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Amazonリコメンドと図書館レファレンス

 閲覧・購買履歴を使ったAmazonリコメンドは,プログラマから見れば凄いの一言で,書籍だけにとどまらず,何を探すにしても,誰もがあって当然と思う機能となった。ビッグデータが私達に見せる未来の世界,その最初の一歩が,Amazonリコメンドであるとも言える。理屈としては理解できる仕組みだが,それを実装し,かつビジネスとして成立させられる,それはインターネットによる情報流通革命が私達の生活をコントロールし始めたことに他ならないのだろうが,そういった環境の中では,図書館と司書の役割に疑問符がつけられるのはある意味,当然の流れかもしれない。

 ”司書は将来的にAIが担う仕事になる”

 この発言への反応はさまざまだ。発言者の図書館への理解のなさを嘆く人,将来的にはそうなると共感を示す人,図書館すら不要であると考える人。さまざまな考えがある中でも,”人が本を読むことの意味と効果を否定する人はほとんどいない”ことにフォーカスすることが大事ではないだろうか。Amazonリコメンドか図書館レファレンスか,それは手段の問題であり,手段はいつでも効率と効果を求めて進化する。大事なのは,人々が何を求めているかであり,それは本を読むことで得られる素晴らしい何かであることに疑いの余地はない。手に入れたいもののために手段は存在し,進化しない手段が淘汰されるのは,すべての事柄において不可避である。Amazonリコメンドと図書館レファレンスの役割が,本と人との素晴らしい出会いをサポートするこであるならば,図書館と司書は,自分たちができることをより多くの人達に示し,その存在を賭けて,図書館が優れた手段であること世界に認めてもらう必要がある。

 Amazonの強みは利用に必要となるコストの低さである。一方,図書館レファレンスの利用コストは非常に高い。利用者は図書館の開館時間に訪問し,司書に自分の欲しいものを的確に伝え,トライ&エラーを繰り返しながら,欲しいもの探すことになる。図書館は利用者の要望に応えるために,優秀な図書館司書を育てなければならないが,優秀な司書の育成は一筋縄ではいかず,長い年月とコスト,素養と情熱を備えた人材が欠かせない。さらに図書館は明示的な金銭的利益を生み出さないことから,機能維持に関わるコスト負担が常に存続の危機をもたらすこととなる。現状,コスト的にはまったく勝負になっていないこの2つの機能を切り分けるのは,期待を込めて,情報の質,いわゆる利用者の満足度であると言いたい。

 しかし,情報(本)を探しているごく平均的な人は,その事実に関心があるとは言えない。もしくは,Amazonリコメンドと図書館レファレンスが比較対象であることにすら気づいていない。それ故に,この2つの間には比較も切磋琢磨もなく,ただ,コスト競争に負けて続ける図書館と司書だけが正しく評価されない不利益を受け続け,縮退を余儀なくされているのが現状であろう。多数派との比較対象としてすら認識されないのであるならば,図書館と司書が求める図書館への共感は,どこから生まれてくると言うのであろうか?

 しかし,Amazonリコメンドがどれほど主流となっても,完璧でも完全でもありはしない。

  ”Amazonリコメンドが見せるあなたは,似てはいてもあなたではない”

そうであるならば,図書館と司書にも,やれること,やるべきことは残されているはずだ。

 直近10年における革新的な変化の一つは,多くのアクションが検索から始まるようになったことだ。疑問や関心事,ちょっとした好奇心。それらを満たすために,まずは検索窓に思いついた単語やフレーズを入力して,マシーンが返す検索結果を眺める。そこには,Amazonの広告エントリーがあり,その他のキャッチーなタイトルがついたエントリーがずらっと並ぶ。しかし,図書館発のエントリーを見つけることは簡単にはできない。なぜならば,図書館はインターネットの住人ではないから。正しく評価してもらう,正しく勝負する,それを望むのであれば,同じフィールドに立たなければならない。Amazonと多くの人たちがインターネットの住人で,そこが戦場であるならば,図書館と司書も同じフィールドに立ち,人々に訴えるべきだ。図書館の持つ機能は,Amazonとは似て非なるものであり,求める情報にたどり着く方法は一つではない,と。それなしに,図書館の役割を訴えても,多くの人々の共感を呼ぶことはできない。地域の人々にわかって貰えればそれで十分だと思うことは容易いが,しかしそれは,個別最適でしかない。全体最適を目指さなければ,Amazonリコメンドと相互依存の関係にはなれず,図書館と司書の役割の認知にもつながらない。であるならば,検索結果の中に,どこかの図書館が作成した情報が必ずある,厳しいことではあっても,そこを目指して欲しいと,1ユーザーとしては願ってやまない。

 情報の質で勝負,それは図書館と司書がその専門性をより高度化する戦いにほかならない。これは図書館が成立して以降,絶え間なく続きてきたことであるはず。インターネットによる情報流通革命が起きた現代でも,形を変えながら図書館は戦い続けなければならない。一時的に不利に見えたとしても,必ず立て直せると信じられること,それこそが,有史以来守り続けてきた図書館の力であるはず。

 

 すべての図書館と司書に向けてのエールとして,この文章を書き残します。